私はいつも待っていた。あの流星がやって来ることを。何かが、光をもたらしてくれることを。
街を去っていくあいつを見送った日にも、闇雲に何かを求めて遠い都会に出て行った日にも、
真夜中に人目を憚るようにして――実際、見られたくなかったのだが――この街に帰ってきた日にも……ずっと、ずっとだ。
それでも、私は何も見つけられなかった。
望む、望まないの問題ではない、言うなれば、それは運命とか天命とか、そういったモノなのだ。
そういった動かしようのない事実を知らないのではない。むしろ受け入れていた。
だけどそれでも………『もしかしたら』の世界はとどまることなく成長を続け、
その大きさに反比例するように私は退屈な日常を繰り返してきた。年月は全く停滞することなく流れ去り、
私は結局、幼い頃に絶対にこうはなるまいと思っていた存在――平凡な大人に落ち着いてしまっていた。
私もどこかに、歩いていける道を見つけたい。
私も何か、遥か彼方に見据えることのできるものが欲しい。
焦躁を伴った願望は、物心ついてしばらく経った頃から、そして今でも、この胸の中に燻り続けている。
慣れることのない痛みと渇き。取り返せない時間。
――……これで………良かったのかしら……
誰も答えを与えてはくれない疑問。どうしようもないと分かっているのに、諦めることができない。大人になることができない。
……こんな日々が、これからも続いていくのだろうか………?

ある朝、私に一通の手紙が届いた。
差出人どころか、こちらの住所や名前さえも記されていない。
ポストに直接放りこんだのだろうか、切手も封もない、真っ白な封筒がひとつ。
始めは悪戯か何かかと思ったが、中身を見てそうではないと分かる。やはり真っ白な便箋の中央に連ねられた、ほんの数行の言葉。

〜元気かい? 今夜また、あの星が還ってくる。会えないかな、いつものフミキリで〜

――…あいつ……
あいつの筆跡など分かるはずもないが、こんなことを書くような人物があいつ以外にいるとも思えない。
今まで連絡ひとつ寄越さなかったと思えば、突然これだ。懐かしいという気持ちも勿論あったが、それ以上に……
――……どうして…?
あいつはあの幼い瞳のままで、何かを見つけて歩いて行ったのではなかったのか。
そのあいつが、この場所に戻ってくるなど………考えられない……。
――どうしたのよ……
私は、まだ朝日が昇ったばかりの東の空を見上げた。

「……あ、おーい、こっちこっち」
「………変わってないわね……」
時計の針は真夜中を過ぎ、朝が来るまではその役割を失ったフミキリ。
仮にも数年のぶりの再会だというのに、自分の口からでてきた言葉はかなりあっけないものだった。
当のあいつは流石に叫びはしないものの、相変わらず丘の上で手を振っていた。最後の坂を登りながら、二言三言、言葉を交わす。
見た目はともかくとしても、あいつの雰囲気や立ち居振る舞いは何ら変わっていないように見える。
ならば何故………、あいつは戻ってきたのか……?
不意に訪れたのは、時間にすればほんの少しの、だが気まずい沈黙。耐え切れなくなって、私は言葉を紡いだ。
「……何があったのよ…星を見るためだけに帰ってきた訳じゃないんでしょう?」
「…やっぱり、分かるか……」
ふと、あいつは夜空を漠然と見上げた。つられて私も頭上を仰ぎ見る。満天の星空。天球を駆ける星座たち。
そこに何を見つけたのか、あいつはぽつりと喋り始めた。
「…何だかね……、やりたいことやろうと思っても、どこかで誰かの邪魔してるような気がしてね……」
「………それで…?」
「僕、昔からそうしてたのかもしれないな、とか思ってさ。……うまく言えないけど………謝りにきた…のかな……ゴメン」
――……何よ………
あいつも、子供であり続けたあいつも……知ってしまったのだ。
あいつがつくった影の中で、光を見失ってしまった者たちの存在を……。
良くも悪くも、あいつはまだ子供だ。他人の痛みを知らずに生きていくことができた。
しかし……他人の痛みを知ってそれを無視できるほど、あいつは強くはなかったのだ。
――……どうして…それを早く言ってくれなかったのよ……
「……どうしてそれをもっと早く言ってくれなかったのよ………」
「…え?」
怪訝そうにこちらを振り返るあいつの眼差し。それに構わず、私はひたすら感情を言葉に乗せていく。
「……私だって…大人になんかなりたくなかった……ずっと子供のままでいたかった……」
「……」
「あんたに街を出ていって欲しくなんかなかった! ずっと無邪気なまま、一緒にいたかった!! でも、でもね……」
出口を見つけた感情は、激情となってそこに殺到する。いつからか蓄積された叫び。理由の分からない涙が私の頬を伝う。
「……今ごろそんなこと言われたって………もう何も戻っては来ないのよ………」
あいつが言う通り、ほかでもない私も……犠牲者だったのかもしれない。
あいつの目の前に伸びる道に、大切なモノを奪われてしまった。そして……大人にも、子供にもなることができなかった。
ならば、子供であり続けたあいつは、幾多もの犠牲を払いながらも自分の道を歩き続けたあいつは、称賛されるべき勝利者なのだろうか?
歩いていた道を見失って、あるいは諦めて大人になってしまった者は、敗北者ということになるのだろうか?
――……違う………!
何かを追い続ける者と、そうではない者。
その間には、勝ち負けは存在しない。あるとすればそれは……単なる選択の差に過ぎないのではないだろうか………。
「……ねぇ」
私は再び、あいつに呼び掛ける。涙を拭って、裏返りそうな声を必死で保って。あいつは今にも泣き出しそうな顔でこちらを見た。
「…あんた、星を追っ掛けるんじゃなかったの? 一度そう決めたんだったら、限界までやってみなさいよ。
 ……どうにもならないことを悔やむのなら、後からでもいいでしょう?」
「……うん…」
「あんたは今まで傷つけた人の分だけ、やらなきゃならないことがある………分かるわね?」
「……うん、きっとそうだね」
あいつが、そして私が見上げた東の空に、また、光が煌めいた。
降り注ぐ光の筋は途切れることなく続き、それはやはり以前の全く同じように美しかった。
明るくなった夜空の下で、あいつが静かに言う。
「街の皆にも会うつもりだったけど……やっぱり朝一の電車で行こうかな………」
「…そうしなさい。……帰ってくるなら……私のところだけで充分よ……」
流星と共に、あいつは丘を下って、再びこの街を出ていく。私はそれを見送るだけだ。
あいつは去っていく。その背に私の願い、子供の私の亡きがらも背負って。私はそれを見送るだけだ。
私はもう……大人になったのだから。


Before

 


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