K


第一部

『奴』は突然やって来た。
冬の気配が、散り始めた街路樹に見え隠れし始めた二度目の晩秋、
ニンゲンが近付くことなど一度も許したことのない俺にとって、
何をどうやったのか、脈絡なくいつもの路地裏に現れたやつの存在は、俺にとっては全く未知なる存在だった。
何故だか動くことも出来ずに、『奴』の目を睨め挙げる俺。
同じように、しかし全く動じることもなく、微笑をたたえた眼差しで俺を見つめる『奴』の瞳。
やがて『奴』は呟くように、だが確かにこちらに向けて言った。
「……こんばんわ、素敵なおチビさん。僕らよく似てる」
――っ! やめろ!!
ニンゲン達にいくらそしられようと、俺は今までたった一人で生きてきた。
憎まれるだけの俺に、孤独以外のものを得る権利はないのだと。
俺はただ、憎まれるだけの運命と共に生まれてきたのだと。
そう、誰かを思いやることなんて、煩わしいものだと信じていた。
しかし、心のどこかで「強い」筈の俺に対して、静かに異を唱える俺が確かに居たのかもしれない。
『奴』の、その笑っていながらもどこか哀しげな瞳は、そのもうひとりの俺の存在を何よりも強く肯定していた。
――キミの生きる意味は、そんなモノなのかい?
――何も遺すモノがなくても、君は満足なのかい?
心に隅に、いつからか在った疑問と焦り。
何かをしたい。でも、何をすればいいのか分からない。

――チガウ! オレハソンナヨワイソンザイジャナイ!!

伸ばされてきた『奴』の手を手加減なしに引っ掻き、勢いに任せて来た道を引き返す。
今いる場所もわからないままにひたすら走り、行き止まりになった街外れの路地でようやく足を止める。
いつまでもおさまることのない心臓の高鳴りを聞きながら、はるかな天球を駆ける星を見上げる。
果てることなく続く夜空。その中を、自由自在に舞う星座たち。
どこまでも大きなそれらに比べてみれば、自分とはなんと小さなことか。
そんな小さな存在に、為し得ることなど何もない。
――本当にそうか………?
かすかに地をこする音。見遣るとそこには『奴』の姿。ここまで俺を追いかけてきたのだろうか、息が上がっている。
『奴』はそのままそこに膝をつき、わずかにその両腕を伸ばす。
その手からは雫となって地に落ちる血。間違いなく、俺が十数分前につけた傷だ。
それでも『奴』は待つつもりらしい。この俺を。何も持たない俺を。
しばしの間、横たわる静寂。
――………いいだろう……。
何を得るでもなく。
何を求めるでもなく。
この運命が変わるのならば、受け入れてやる。
それが俺の生きる意味となるのであっても……それでもいいさ…。
俺は素早く『奴』の元へと近付き、指の傷を舐めてやった。
微笑を浮かべながらも、心のどこかで泣いていたような『奴』の表情が、わずかに変わった気がした。
そう………それは言うなれば、満面の笑顔だった。

自らの片割れを探し求めるふたりの死者たち。
彼らは出会い、………そして再び、生を得る。


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