未だ見えぬ光


第一話 その刃を垣間見て


「こいつらをかみ殺すでおじゃる!」
「こいつらをかみ殺すでごじゃる!」
つい数刻前までは仕える者を同じくした道化たちの声が、広い室内に木霊した。
同時に、不気味なほどに白い魔物が、眼だけを爛々と輝かせてこちらへと向かってくる。
剣が重い。
今までは感じることさえ無かったにも関わらず、自らの姫に捧げることを誓った長剣がその重みをずしりと自分の手に伝えてくる。
使えるとは言えども慣れない回復魔法は、想像以上に己の体力を奪っていったらしい。
――いや……
中心に紅い紋様の入った騎士剣、セイブ・ザ・クイーンを握り直しながらベアトリクスは自嘲気味にその口の端を吊り上げた。
この剣、そして自分は、その捧げるべき相手を見失ったのだ。だから、こんなにも重い……のかもしれない。
数瞬の夢想を頭から振り払い、飛び掛ってくる魔物をぎりぎりまで惹きつけて横に跳ぶ。
長剣を低く構え、反撃に転じようと視界に収めた魔物の背へと唐突に降ってきた、
いや、突き刺さったものは、自分のものに勝るとも劣らない長大な槍だった。
「気を抜くでない! 奴ら、本気じゃぞ!」
尋常でない脚力を最大限に利用した、竜騎士特有の攻撃である。
ついさっき剣を交えた時には気付かなかったが、このフライヤという竜騎士、
多人数よりも少人数、あるいは一人で闘う事が得意なように見えなくもなかった。
槍を背に受けた魔物は、早くも痙攣を始めている。正に一撃必殺。
ベアトリクスは無言のまま頷くと、地価牢へと続く暖炉の方に駆け出した。


「ハッ!」
気合を吐きつつ、大きく跳躍する。だが、魔物は易々とその距離を詰めてくる。
「どうじゃ、持ちこたえられるか!?」
こちらもまた高々と跳んだ――飛んだ、と言ったほうが正しいか――フライヤが、よく通る凛とした声で訊いてくる。
まだ、大丈夫そうだ。だが、自分は?
「これだけ続けて戦うと、私でもそう簡単には……」
実際、既に足元が危うくなってきている。体当たりをかけようとする魔物に牽制で剣を突き出しながら、
ベアトリクスは半ば以上に本気で危機感を募らせた。魔物が後ろに退くのに合わせて、自分も数歩後ずさる。
怪訝な気配を漂わせる魔物へと、大きく剣を振りかぶった。必殺の間合い。祈りにも似た確信が頭を過ぎる。
「ショック!」
直接剣を叩きつけるのではなく、自らの気を敵にぶつける聖剣技は、間合いが広ければ広いほど自分が優位に立てる。
予想通り、最強と自負する剣技は魔物の胸辺りに直撃し、昏倒させたようだった。
まだ大丈夫。ベアトリクスは自分に言い聞かせた。技を放つと同時に、膝が笑い出して倒れそうになることを除けばではあるが。
そして、倒れたが最後、もう二度と立ち上がれそうには無いと、心の何処かで静かに確信もしていた。
「さすがにキツいのう……」
「まだ気を抜くのは早いようです!」
言わずもかなのことを言い合い、三度魔物と向かい合う。やるしかないのだ。
 だが、ここにきて変化が起きた。今まで、一対一、もしくは一対二の構図で、ほとんど不意打ちのような形で敵を仕留めてきていた。
しかし、どうやら敵もその事に気付いたらしく、二匹で固まってこちら側に向かってくる。
……二対二。図らずも、フライヤと並んで相対する形となってしまった。
――正攻法では勝てない!
フライヤもそのことを感じたらしく、間髪入れずに高々と跳び上がった。
同時に自分も魔物へと切りかかる。思わずひるんだ魔物の元へと、またしても長大な槍が突き刺さった。
こっちはもういい。そう思った矢先、もう片方の魔物が唐突に視界からかき消えた。
狙いは……フライヤ!?
「フライヤ! 左です!!」
着地しようとしていたフライヤは一瞬焦りの色をその顔に浮かべた後、突然崩れ落ちたかのように上体を倒した。
まるで力が消えたような動きである。左肩を狙った魔物の爪は、きわどい所で左手に掲げた槍に弾かれた。
「竜剣!」
逆に着地の瞬間を狙って放たれた槍の一撃が、魔物を沈黙させる。
だが、剣に付いた血を拭いながら、ベアトリクスは何故か違和感を覚えた。
――あの動き、何処かで見た……のか?
いまいち釈然としない据わりの悪さの出所は気にならないと言えば嘘になるが、
その思考は新たな魔物の唸り声と、聞きなれた重たそうな金属音に遮られた。
「ベアトリクス!! フライヤ!!」


 スタイナーの登場で、始めは有利と言えた戦闘も、
無尽蔵とも言える敵の数に各々消耗が激しいようだった。
あと少し……あと少しでガルガントを使って脱出出来た筈だ。
そんな考えは脳内をぐるりぐるりと回ってはいるのだが、無慈悲な事に未だ結果には結びついていない。
流石に限界が近い。自分でもそう思わざるを得なかった。
「ホーリー!」
三匹の魔物にまとめて攻撃を仕掛けるも、倒れるはずの魔物が倒れない。
おまけに、頭の芯から力が抜けていくような感覚とともに、目の前が一瞬白む。
――もう、魔法は使えない。
微かな絶望と一緒に、そう理解するのにさほど時間はかからなかった。
ふと横を見れば、フライヤの体が崩れ落ちようとしていた。思わず手を伸ばしかけるが、
またしてもあの妙な体勢で攻撃を弾いているのを見て、十数分前の光景が瞼に蘇ったので思い直した。
同時に、またしてもあの疑問が胸を霞める。
――何処かで見た。間違い無い筈。……!
今度は思考を断ち切ることが出来ず、魔物の接近を許してしまったらしい。
反射的に体が動いたのは訓練の賜物か、はたまた生物的な恐怖からか。それは分からなかったが、代わりに分かった事もあった。
右腕を高く掲げながら、両足を抜くようにして視点を大きく下げるという、
妙に器用な動きをしながら敵の攻撃を弾く自分を何処かで冷静に観察し、一方で場違いな驚きが脳裏を駆け巡った。
――あの動きは……私の動き!?
体を転がしつつ、ともかくも立ち上がろうともがくが、自らに襲い掛からんとする雷撃をどうにか視界に収めるのが限界だった。
「ベア……」
「おーい! おっさん達無事かー!?」
聞き慣れた声と、もう一つ聞いたことのない声を聞いたところで、ベアトリクスは目の前の風景が黒く切り取られていくのを感じた。


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