第二話、騎士の槍


 アレクサンドリア城の地下からガルガントを使って脱出したあの時から、まだ二週間近くしか経っていないらしい。
その間、ブラネによるリンドブルムへの侵攻、
自分は自分で外側の大陸へ向かうために古の採掘場を抜け、霧を晴らし、クジャの力を身を持って知り、
ちょっぴり……あくまでほんのちょっぴりユニークな味のシチューをご馳走になったり、
あまつさえ結婚式まで挙げてしまったともなればあまり実感が湧かなくても当然かと、
乗るのにも慣れたガルガントの下で――あんな過激な乗り方をすれば一生忘れないが――ジタン一人は妙に納得していた。
――駄目だな……沈みっぱなしじゃあ……
そもそも、今回のトレノ行きに乗ったのは自分なのだ。
どうにもならない事だとは分かっていたが、半分は最早自暴自棄になって、
もう半分は情けない自分を叱咤するような気分で皆の元へと行ってみれば渡りに舟。
フライヤではないが、まぁ羽を伸ばすのも良いのではと思っていた所だったのだ。
いつの間にか近付いてきたガルガントステーションを見るともなしに眺めつつ、
ジタンは大きく頭を振るとアレクサンドリアにいる姫様のことを頭から追い払った。


 各々が夜の街へと繰り出して行くのを見送った後、ジタンは当初の目的地である筈のカードスタジアムを後回しにして、
街中の各種ショップをうろうろと巡っていた。
流石、貴族の街とでも言うべきか、職業柄武器や防具には詳しいジタンでも目を引かれる品がかなり目に付く。
ついつい財布の紐も緩みかけるが、
今は仲間の装備やアイテムの事などを考えると無駄遣いは出来ない。
一応は彼が全員のギルを管理しているのである。
最も、少し目を離すと何をしでかすか分かったものではないジタンのお目付け役は、専らスタイナーが買って出ていたりするのだが。
一通り街の中を見てまわったジタンが最後に足を伸ばした先は、合成屋。
貴族たちのサロンとなっている中庭を横目に見ながら少し奥まった所にある建物の中へと入っていくと、そこには見慣れた後姿があった。
――……フライヤ?
種族的な特徴である長身に加え、一目で竜騎士と判る外套を身に着けたフライヤの風貌は、
さまざまな目的を持った者たちが集まるこの街でも充分に人目を引いていた。
下世話な話も数多く飛び交うこの街で、フライヤが不躾な視線を向けられなかった筈も無いが、
本人はそんな素振りはおくびにも出さず、合成屋の店員と話をしているようだった。
さて、フライヤは一体ここで何をしているのか?
ジタンは頭をもたげた好奇心を隠そうともせず、その顔に微かな微笑を浮かべて店の奥へと一歩を踏み出した。
何故か足音が消えている所、やはり盗賊である。
だが、そこから数歩も行かないうちに、彼はその好奇心をおもいっきり悔いる事となった。
「なんじゃ? ジタンか」
――何ですと??
ごくごく平然と振り向きつつフライヤの口から発せられた科白に、ジタンは凍り付く。
周囲の喧騒も混じるこの広い店内で、どうして自分のことが分かったのだろう。
「どうした? あからさまに驚いたような顔をしよってからに」
「い…いや……その…何でもないさ……アハハハハ……」
乾いた笑いを浮かべつつ誤魔化そうとしたが、視線が宙を彷徨うのが自分でも分かった。
フライヤの口元に、どこかしてやったりといった笑みが浮かんでいるのは錯覚だろうか。
「ふむ、まぁよいわ。して、お主もここに用事でもあるのか?」
フライヤの方から話題を逸らしてくれたことに感謝しつつ、一呼吸置いてジタンは答えた。
「ああ、何か造れないかと思ってね」
「そうか。なかなか良い品が揃っておったようじゃぞ……おっと」
振り向いたフライヤに合わせてその先を覗き込んだジタンが見たものは、カウンターの上に置かれた長大な槍だった。
無論、フライヤが使っているものだ。
「すまぬの、無理を言って」
「いえいえ、あのままじゃあ穂先からまっぷたつになるところでしたよ。良かったですね」
察するに、槍の修理でもしてもらっていたのだろうか。訊いてみると、
「アレクサンドリアでかなり傷ついてしまったからのう」
との答えが返ってきた。羽を伸ばすと言いながら槍の手入れをしているとは何ともフライヤらしいと思いながら、
ジタンは腰の鞘から二本の短刀を外した。上手くいけば、盗賊刀が合成できるかもしれない。
「さてジタン、私は一足先に行くぞ。調べたい事もあるのでな」
「あぁ。じゃ、またガルガントで会おう」
「承知した」
装飾の付いた槍を器用に担いで去っていく姿を見送りながら、
最近どうにも行動が裏目に出るものだと、ジタンは胸中で嘆息を一つ漏らしたのだった。


「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…………」
謎多き言葉を発しながら、ジタンはカードスタジアムからゆらゆらと漂い出てきた。
トットにああ言ったは良いが上手くいかないときはとことん上手くいかないようで、
なかなかどうして強力なカードを持ったマリオという男に二回戦で敗退。
それならと数少ないレアカードでリターンマッチを挑んだまでは良かったのだが、
リベンジどころかまたも辛酸を舐めさせられてしまったという次第である。
「うぅぅ……ちょっと前に手に入れたばっかだったのに……ごめんよビビ……」
ビビは時折ふらりと誰かからカードをもらってくることがある。
その上、初めて出会った時もそうだったが妙に貴重なカードだったりするので、
密かに仲間内ではクアッドミストでビビの右に出るものはいないと噂されていたりする。
「だったら俺の代わりに予選だけ勝ち抜いてもらうのにな〜……」
ぶつぶつとぼやきつつ、街の中心に広がる湖へとぶらりと近付く。
そういえばついさっきどこかで人が飛び込んだようなものすごい水音がしたような気がしたが、いくらなんでも空耳だろう。
酔狂者が多いこの街だが、流石にまだ寒過ぎる。
後々その酔狂者が自分たちの中にいたと知るとは露ほども思わずに、ジタンはふと湖の対岸に立つキング家へと目を向けた。
――? あれは……サラマンダーに……フライヤ?
意外な、と言うより予想だにしなかった組み合わせに、思わず疑問符を浮かべる。
同時に、アレクサンドリアの船着場で、一方は叩きつけるような、
また一方は静かに燃え上がらせるような気をぶつけ合っていた二人を思い出す。
そういえばあの時も泡を食ったのは自分だったなと余計な事を考えながら、
キング家の大きな扉の前に佇む竜騎士と拳士の方にじっと目を凝らす。
詳しくは分からないが、あまり険悪な雰囲気では無いようだった。
心なしか、フライヤは笑いを噛み殺している……ようにも見えた。
「へぇ、なかなか上手くやってるみたいじゃないか」
出会った当初はどうなる事やらと思ったが、考えようによっては二人は似ているのかもしれない。
誰ともなしに呟きながら、ジタンは久方振りに愉快な――本人たちには口が裂けても言えないが――出来事を見物した充実感に浸りつつ、
カードスタジアム入り口へとその身を翻した。
湖面には、赤と青、対極の月が一つずつ映り揺らいでいた。


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