第三話、本領発揮


――こんなことになるなんて……
砂漠の地下に捕らえられているであろう仲間たちには薄情かと思ったが、
実際、少なくとも此処にいる三人の気分は代弁している筈だと、エーコは確信していた。
話には聞いていたが、今まで見たことさえ無かった霧の大陸へやって来たかと思えば、
突然のアレクサンドリア襲撃の後クジャを追って外側の大陸へと戻り、
さらにもう一つの大陸までやって来ることになるとは一体誰が予想し得ただろうか。
ジタンがだんまりを決め込んでいるので詳しくは分からないが、
どうやらクジャにこの悪趣味な神殿? ウイユヴェールにある何かを取ってくるよう脅されたらしい。
――それに、これは一体どういうことよ?
魔法が使えない。えらく漠然としたクジャの情報を元に『おつかい』の道連れとしてジタンが指名したのは、
打撃攻撃を得意とする若き竜騎士と焔の拳士、そして自分だったのだが、
頼みの綱となるはずだった召喚獣を喚ぶための詠唱は全く魔力を帯びてくれず、正に宝の持ち腐れとなってしまったのだ。
戦闘中は慣れないラケットでの遠距離攻撃やアイテムを使った回復などをしてはいるのだが、歯痒い思いが無いといえば嘘になる。
あまつさえ自分そっくりの敵が出てきたり、訳の分からない映像などを至る所で見せられて、
いいかげん皆の疲労も限界に達しつつあるようだった。
「少し外に出ようか。エーコ、回復頼むぜ?」
「そうじゃな。まだ先は長そうじゃ」
ここ数分会話が無かった嫌な雰囲気を払拭するようにジタンが発した言葉に、どこかほっとした空気が周囲に漂う。
得体の知れない力も建物の外までは及ばないらしく、夕日が差し込む辺りまで外に出れば白魔法も使う事が出来るようだった。
一行はそそくさと出口である巨大な扉の方へと向かう。
「まかせといてよ! ここんとこ退屈だったんだからね!」
硬い岩を踏む靴の下に細かな砂が混ざり始めたのを感じながら、威勢良く言い放つ。
だが、扉まであと数十歩といったところで、エーコは物陰でごとりと音を立てる、奇妙な石像の姿を視界の端に捕らえた。
「ジタン! あれっ……!!」
油断大敵。背後からの不意打ちを狙っていたようだ。
エーコが指差すとほぼ同時、サラマンダーが振り向きざまに円月輪を放つ。
直撃はせずとも、怯ませる事はできたようだ。
ぐらりと傾いた敵の胴体に、ジタンの盗賊刀の一閃が追い討ちをかける。
だが、止めを刺すまでには至らなかったらしい。
体勢を立て直した石像の胴体が開き、その中から紅い外套を纏った竜騎士の姿が現れた。
「まずい!」
エーコが呟き、ジタン、サラマンダー、フライヤの顔にも緊張の色が浮かぶ。
ドッペルゲンガー。姿のみならず、その能力までも模倣する魔物。それだけに、手強いのだ。
体力の消耗も激しい今の状態では、何が起こるか分かったものではない。
エーコが放ったラケットからの光弾も、突き出された槍に弾かれてしまった。
間髪入れずまるで何かを虚空に叩きつけるかのような動作をすると、
本物のフライヤの前にまるで夜の漆黒を映し出したような黒い鏡が現れた。
数十分前だったか、今と同じように、あたかも自分が真だと主張するかのように現れ、
砕け散った鏡と共に急速に意識が遠のいていったあの感覚が、エーコの脳裏に蘇る。
鏡が、割れる。何故か一瞬迷ったような表情を浮かべたフライヤが、ゆっくりと崩れ落ちた。
「………のじゃ。…こが…の………」
「分かった」
「えっ?」
戦闘中はいつもにも増して寡黙なサラマンダーの突然の同意に、
手ではフェニックスの尾を探しながらエーコは思わず聞き返す。
「聞いてなかったのか? まぁいい、早く復活させてやれ」
「なんですっ……? …ちょっと!?」
言うが早いが大きく跳び出したサラマンダーに、エーコの口から飛び出しかけた科白はその途中で誰何の声へと変化した。
だが、秘技を放とうとしているジタンは気付いていないらしい。
間抜けな話ではあるが、このままでは仲間の技に巻き込まれかねない。
「ジタン! ストップストップ!!」
今度は声を聞いたらしいジタンが焦燥の色を浮かべて振り向くのと、
その隙にドッペルゲンガーがこちらに飛びかかろうとその身を沈めるのとでは、どちらが早かっただろうか。
突然に崩れた均衡状態に動くこともできずに敵の方をただじっと見つめながら、
エーコはその視界の中に見慣れた大きな影がゆらりと現れるのに気付いたのだった。


「…!……でどういうことなのよ! 危うく殺されるところで………!……」
「まぁ良いではないか。こうして皆、無事なのじゃ。のうジタン?」
夕焼けを背負いつつ終わりそうにない悪態をつくエーコの怒りの炎をひとまず収めたのは、
意外なことに今は意識を取り戻したフライヤの一言だった。
その後、予定通りウイユヴェールの外へと出たのだが、先ほどの戦闘は少々物議をかもしているらしい。
「でも実際危ないとこだったんだぜ? サラマンダーに秘技なんか当てたら洒落になんないよ」
「それだけ敵が強かったということじゃよ。そんな戦い方もあるということじゃ」
戦闘に関してならば、ことフライヤの言うことには説得力がある。
秘技を放とうとしていたジタンの虚をつく形で大きく後ろに回りこんだサラマンダーが、
攻撃に転じようとしていたドッペルゲンガーの左腕を、背後からその爪で薙ぎ払ったという次第である。
何故か憮然とした面持ちで佇むサラマンダーではあったが、流石といえば流石ではあった。
「………そういえばフライヤ、倒れる時に何か言ったの?」
「何、他愛もないことじゃよ」
思い当たる節があったのでさりげなく訊いてみたのだが、これまたさりげなく流されてしまった。
聞いてみたいという気分もあったのだが、そろそろ行こうというジタンの発言でそれ以上追求することもできずに、
エーコはここのモーグリの元に行っていた小さな相棒を呼んだのだった。


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