第四話、発端


「暇なのである!」
うろうろと部屋の中を歩き回った挙句、結局最後にはスタイナーは一人ごちることとなった。
各々にあてがわれた豪勢な客室で、鎖かたびらに鎧兜を身に纏いくつろぐというのは、
傍から見れば滑稽を通り越して疑問符を浮かべられても不思議ではないのだが、当の本人は全く気にしていないらしい。
かくしてこの王宮騎士はいつもの格好のまま、ここリンドブルムで新型飛空挺の完成と、
元、自らが仕える姫を捜しに行ったジタンを待つ事となったのである。
だが、以前やって来た折に思い切り迷ったという苦い思い出があってか、
スタイナーは復興が始まった街に繰り出すという気分にもあまりなれなかった。
――……ん?
ふと視界に入ったのは、部屋の隅に立て掛けておいた、つい最近手に入れたばかりの真紅の剣だった。
そういえばここ数日、あまり体を動かしていない。
少し前までは日課だった訓練を思い出しながら、街の外にでも出てみようかとスタイナーは剣を手に取り部屋の扉を開けたのだった。


 階段を下りた辺りで聞こえてきた打突音と気を吐く声を辿って来てみれば、
見つかったのは飛空挺ドッグの下層部分にあった兵士たちの訓練場であった。
成程、飛空挺を軍備の主力とするリンドブルムでは、ドックを中心に兵を集めていた方が好都合なのだろう。
興味を引かれて少し覗いてみると、
先の侵攻で多くの兵を失ったからなのか、若い兵が鎚を模した木製の武器を手に、どこかぎこちなく構えを取っている姿が目立った。
「うわっ……」
驚いたような声に、何故か出来ている野次馬のような人だかりの隙間からそちらに目をやると、
大柄な兵士が受身もそこそこに倒されたところだった。
同時に溜息と歓声が入り混じったような、複雑などよめきが一瞬その場に満ちる。相手は……
「フライヤ!?」
「あ、スタイナーのおじちゃん」
「ビビ殿? エーコにサラマンダーまで……」
意外な姿をそこに認めて、今度は自分が声を上げる。
フライヤはともかくとしてもこの場所には不釣合いと言えば不釣合いなビビとエーコ。
二人とは違う意味でこんな所には来そうにも見えないサラマンダーと、理解に苦しむ面子に眉根を寄せたのだが、
その当惑を察したらしいフライヤが、口の端に微苦笑を浮かべながら回答を与えてくれた。
「いやなに、そこでブルメシアの皆に会っての。久しぶりに稽古でもと頼まれたのじゃが……」
「面白そうだったから、エーコが二人を連れてきたってわけ!」
途中でフライヤの科白を引き継いだエーコの発言にサラマンダーが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるのと、
ビビが突然あさっての方角に視線を向けるのがここから見ていても分かった。
恐らくは文字通り「連れてこられた」のだろう。
言われてみれば、逃げ延びてきたらしいブルメシア兵の姿もちらほらと見られる。
そのフライヤがどういう経緯でリンドブルム兵と手合わせしているのかは分からないが、大方誰かが声を掛けたといったところだろう。
「そうでありましたか。自分もすこし剣を振ろうかと思いましてな」
「フライヤさん、失礼ですがそちらの方は?」
「スタイナーといってな。彼らと同じく旅をしておる。見ての通り、アレクサンドリアの騎士じゃ」
エーコ達のほうを手振りで示しながらフライヤがさらりと出した単語に今更ながらに自らの立場を意識したスタイナーだったが、
リンドブルムやブルメシア兵から特筆するような反応はなかった。
考えてみればビビも当然のようにこの場にいるのだから、事前にフライヤから何か説明があったのかもしれない。
「その節は本当に申し訳ないことを……」
「いえいえ、もう良いんですよ。聞けば、女王も代替わりしたそうじゃないですか」
王がクレイラで行方知れずになったというブルメシアの民の怒りは特に根深くて当然ではあったが、
そのブルメシア兵は木製の槍を肩に担いだまま、そんな事は微塵も感じさせない声で言った。
リンドブルムやアレクサンドリアで街の復興が始まったように、ブルメシアもまた蘇る日も近いかと、
スタイナーはどこか救われたような心地だった。
「それより、一度お手合わせ願えませんか? 剣はあまり見ないものですから」
「これこれウェル、なまじお主が挑んでも痛い目を見るだけやもしれぬぞ?」
ウェルと呼ばれた若いブルメシア兵は、
フライヤにそう言われながらも自信というよりは好奇心に満ち溢れたような眼差しをこちらに向けてきた。
まぁ、時間を持て余していたのだし、
一騎当千と言われる竜騎士を筆頭に、古来より集団よりも個人の力を伸ばしてきたと言われるブルメシアに興味が無いと言えば嘘になる。
ビビがどこからか見つけてきた木剣を受け取りながら、スタイナーはどこか期待を胸に言った。
「かたじけない、ビビ殿。こちらからもお手合わせ願おう」


「…………っ!」
鈍い音と手にかかる衝撃と、そして目の前のウェルの驚愕に見開かれた瞳だけを残して、
一瞬前まで風を切っていた槍が木張りの床へと叩きつけられた。ウェルの……遥か後方で。
「………参りました……やっぱり、まだまだですね」
握り締める得物が無くなった両手を頭の横まで上げながら、どこかしみじみとウェルが言う。
剣と槍が交錯すること数度、スタイナーの一撃がウェルの得物を弾き飛ばすのに、そう時間はかからなかった。
ウェルも決して有象無象の兵士という訳ではないのだが、旅の途中でもかなりの力を付けたスタイナーは少々手に余ってしまったようだ。
「手合わせ、感謝するのである」
「すごいね、おじちゃん」
「なかなかやるではないか。どうじゃ、ひとつ剣を交えてみぬか?」
「いやいや、そんな…………へ?」
礼を返して仲間の元へと戻った所に投げかけられた突然の提案に対し、スタイナーはまずその言葉の意味する所を掴めず困惑し、
次いでその言葉を額面通りに受け取ってよいものかとしばし黙考してしまった。
「………フライヤと……自分とがでありますか?」
「ビビにでも斬りかかるつもりであったか? 勿論、そうじゃよ」

――…………危ない……

三度目の沈黙の後、スタイナーの脳裏に浮かんだ三文字はまさしくそれであった。
竜騎士。しかもブルメシア兵らの言葉を聞く限りでは、かなり頼りになる存在であるらしい。
いや、そんなことを思い起こすまでも無く、日頃の魔物との戦闘を見ていればその槍術は十二分に理解している。
――危ない
今度はさっきよりもはっきりと認識した自らの身の危険に、
フライヤには悪いがここは断りを入れるべきだという判断を下すに至った。
だが、無常にも仲間のほうに振り向いたスタイナーを待ち受けていたのは、
ブルメシア兵やリンドブルム兵達、そして何よりお子様二人組の、何かを凄絶に期待するような眼差しだった。
心なしか、どこからかサラマンダーの視線までも感じるような気がするのは何故だろうか。
「どうするのじゃ?」
こんな時には何故かどこまでも空気というものを読んでくれないフライヤのいつもと全く変わらぬ声を聞きながら、
スタイナーはちょっと泣きたくなって、エーコが嬉々として差し出す木剣を受け取りつつぼそりと言った。
「………お手合わせ、お願いするのである」


「はぁっ!」
気合と共に放った突きは、またしてもすんでのところで虚空を切った。
これまでも数度、その辺りにいる魔物であれば間違いなく仕留めていたような一撃を放ったのだが、
対するフライヤは飛んできた羽虫でも避けるような気軽さでそれらをかわしてくれていた。
そして、武器を使わない防御は、そのまま攻撃に転じることができる。
頭上から降ってきたような槍を剣の先端できわどく逸らしながら、
なまじ無駄に手数を重ねない方が良いかとスタイナーは大きく後方に退いた。
やはり、厳しい。『受ける』のではなく『かわす』ことで武器を常に空け、流れるように攻撃から防御へと転じる独特の動きは、
力を込めた一撃で必殺を狙う自分にとっては対応するのが精一杯であった。
細身の木剣を握り直し、動くに動けず相手の出方を待つ。
「種切れかの? なれば、こちらから行かせてもらうぞ」
息一つ切らしていないフライヤはそう呟くと、意外にもゆっくりとした動きで距離を詰めてくる。
やがて槍の先端がやっとこちらに届くか届かないかといった間合いに入った途端、体と共に大きく槍を旋回させてきた。
リーチの差においては、剣はどうしても不利だ。
右から襲いかかってくる槍に向かって一歩踏み出し、根元に近いところを剣で受ける。
これで、長大な槍は攻撃の要を為さない筈であった。
かなりの至近距離から、力のかからない打撃を放つ。牽制でも必殺でもない、曖昧な打撃。
詰めが甘かったと、スタイナーは次にやってくるであろう槍の一撃に備え、早々に剣を引き戻そうと剣を握りなおした。
変化は唐突だった。
顔を掠めるように放たれたその剣先は、何故か避けようともしなかった、
いやまるで気付かなかったのようなフライヤの左肩に、何の障害も無く叩きつけられた。
硬質の衝撃が掌に伝わってくる。一瞬背筋が粟立ったが、手甲か鎧か、剣は何か防具を捉えたのだろう。
同時に、自分も逆方向へと弾き飛ばされた。役に立たないはずだと注意を払っていなかった槍が、下方から鎧を薙ぐ。
倒れはしなかったものの膝を突いた自分の正面で、フライヤも体を転がして衝撃を逃がす。
双方共に動かない。一瞬の静寂の後にやってきたのは、感嘆と歓声のざわめきだった。
「うわー、すごーい!」
エーコの声が響いたところで、手合わせは終わりということになってしまったらしい。
周囲で見守っていた兵士や仲間たちも、ぞろぞろとこちらへやって来るのが見えた。
「やりおるのぅ。危なかったではないか」
「え?……いやその…今のは……」
呆然としていたところに当の相手から話しかけられて、ろくな返事が返せなかった。
釈然としない。あの当たる筈の無い一閃は当然、フライヤにも避けられた筈だ。
ならば、負けていたのは自分だった。フライヤが気付かなかった? 何を今更。
それまでにも数回、もしかしたら十数回も、似たような打撃をかわされていたではないか。
妙な違和感に包まれながら、スタイナーはもう一つ、あることに気付いていた。
掠りもしないものが、当たってしまう。勝てもしないものに、勝ってしまう。
――この違和感、どこかで経験したことがある………?


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