第七話、幻想の向こう側


誰かが自分の横を横切ったような感覚に、ダガーは思わず足を止めて振り返った。
だが、そこにあるのは何の変哲も無い石畳の風景だけ。
つい先ほどここにやって来たばかりだというのに、既に数度目となった『気のせい』にはどうにも気を削がれてしまう。
自分たちの記憶が創り上げた場所、とはジタンの弁であったが、だとすればあの妙な気配も記憶の中にいる誰かのものなのかもしれない。

記憶の具現化。決して美しいだけではないもの。

よく見ていれば、数人は突然びくりと肩を跳ねさせたり、虚空を見つめたりしている。
高みから見下ろすだけで済んだ『思い出』が望む望まないに関わらずその姿を変え、
『記憶』となって目の前に突きつけられる負担によって、重たい沈黙が場を支配するのにそう時間はかからなかった。
フライヤやジタンをはじめとして、メンバー全体の士気はもう最悪もいいところである。
……無論、ダガー自身も人のことは言えないのだが。
「ビビ」
「……あ、うん…」
立ち止まりかけたビビの背中を軽く押してやりながら、先頭を行くジタンの背を追う。
ここで普通に時間が流れるのかどうかは分からないが、急いだ方が良い事には変わりないだろう。
意識していないとつい目を閉じてしまいそうになる自分を叱咤しつつ、ダガーは少しだけ歩く速さを上げた。


 仰向けに倒れた青い巨人から視線を外すと、いつの間にか見慣れない風景がそこにあった。
緑豊かな、しかしあちこちに生々しい破壊の痕が見える街の中央に、
教会か聖堂のようなどしりとした建物が見える。空は抜けるような青空。
言うまでもなく、先ほどまでは影も形もなかった筈だ
。 またお得意の幻かと無視して歩みを再開しようとしたが、 今度は現実世界の意外な光景に、ダガーはその作業を中断することとなった。

ジタンが、ビビが、そして、まるで何かを悼むような苦渋の表情を浮かべたフライヤが、じっとその光景に見入っていた。
少し離れた所で、サラマンダーやスタイナーもその辺りを眺めている。
ここにいる全員にこの風景が見えるということは、これは全員に共通の『記憶』ということだろうか。
だが、自分にはこのような風景を見たという記憶はない。
釈然としないままに、幻の中の風景は動き出した。
聖堂――だろう、多分――の扉から駆け出してきたのは……
「ベアトリクス?」
意外な人物の登場に、思わず声を上げてその名を呼ぶ。
アレクサンドリアの女将軍は、手に抜き身の剣と宝石のようなものを握り締めていた。
声を聞き咎めたのか、ジタンがその風景を指差しながら訝しげな表情で問うてきた。
「ダガーにも見えるのか?」
「ええ、見えるわよ? これはジタンの記憶なの?」
「うん……いや………そうではあるんだけど……」
歯切れの悪い、というより聞かせたくないものを語るようなジタンの回答を補足するかのように、
聖堂の扉から幻のジタンらが飛び出してきていた。続いてビビ、最後にフライヤがその後を追って走り出てくる。
やはり、ジタンと他の二人の記憶だったのだろう。
先ほども似たような事態が起こったのだが、どうもここで見せられるのは自分の持っている記憶だけという訳でもないらしい。
展開される映像は、戸惑う聴衆を置いてきぼりにして進んでいく。
瞬く間にベアトリクスに斬り伏せられたジタンたち。
そのまま黒魔道士の放つ光の中に飛び込むと、見えたのは閃光、そして爆発。
召喚獣が放った槍の一撃の前に、波にさらわれた砂上の楼閣といった体で崩れ落ちる大樹の街。
ダガーは今更ながら自らの内にも等しく息づくその圧倒的な力に、戦慄を覚えずにはいられなかった。
――…恐らくこれは……砂の街クレイラの破壊の『記憶』………?
ブラネによるブルメシアの侵攻は徹底的な殲滅戦の様相を呈していたらしい。
建物などに伺えた異国のような雰囲気からも、
完膚なきまでに叩き潰されたあの街並は伝説の都の二つ名を持つクレイラのものであったのだろう。
ならば………酷い。酷過ぎる。
「ジタン………あれは……」
「ダガー」
速くなっていく自分の鼓動に絶えられず、曖昧ながらジタンに回答を求めてみたが、
見知った人々が一瞬のうちに消え去ってしまったフライヤの手前、この質問はひどく酷なものであっただろう。
こんなときでも磨耗してしまわないジタンの配慮は、やはり見上げるべきものがある。
見れば、フライヤは先ほどと全く同じ表情のまま、いつの間にか消えてしまった幻のあった方をぼんやりと眺めていた。
最早取り戻せはしない日々の幻影の中で、気丈な竜騎士は何を思ったのだろうか。

ベアトリクス。そして、フライヤ。
彼女たちはとてもよく似ている。

何の前触れも無く浮かんできたその感想を、ダガーは静かに受け止めることが出来た。
自らの全てを捧げる主を失った騎士という立場のことだけではない。
支えを失った力の使い道を見つけられずに、出来るのはただ武器を掲げて彷徨うのみ。
そういえば、母ブラネの墓参りに行った折にも、ベアトリクスは姿を見せてくれなかった。
その想いを一つの宝石に託したまま、顔を合わせる暇も無く何処かへと去ってしまったのだ。

刃は、誰が為に。

だが、ベアトリクスにも、そしてフライヤにも、その対象は確かに存在する。
今までのような、捧げるだけの対象ではない。一方通行の関係ではない。
ただすぐ近く居るだけで、しかし大きなものを与え、そして受け取る事の出来る関係。
今の二人には、それがある。一人だけで何かを護る必要は無い。護るだけということも無い。
ベアトリクスも、アレクサンドリアという重荷を背負っているのは自分だけだとは思っていない筈だ。
彼女もまた、高くそびえるあの剣に護られているのだろう。

ジタンの科白を借りるならば……
それは仲間と呼んでも良いと思うのだ。


「……すまぬ。先に進むとしようかの」
遠くを見つめていたようなフライヤの瞳が、ふと焦点を取り戻す。
発せられた言葉は、迷いの連鎖を断ち切ろうとするかのように、力強く感じられた。
「…そうだな。のんびりしてられないぜ!」
誰ともなく視線を交わし、また新たな一歩を踏み出す仲間たち。
それを見つめるフライヤの表情に微かな微笑が浮かんでいたのはきっと見間違いではなかったと、ダガーは心の中で思ったのだった。


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