第九話、代償


……あの戦いから、もう結構な時間が経ったと思う。
ガイアじゅうを巡ったあの旅は、思い出してみればとても短い間だったような気がするけれど、
それは今ボクのまわりで時間がとてもゆっくりと流れているせいなんだろうか?
ここは外側の大陸、クロマ族の村。イーファの樹から帰ってきて、ボクはここに住んでいる。
みんな親切にしてくれるし、いつも賑やかで楽しいよ。
ただでさえ少し手狭な村だけれど、今日はさらにもう少し手狭になったみたい。
ちょっとだけ背が伸びたエーコにクイナ、ダガーのおねえちゃんに、スタイナーのおじちゃん。
フライヤのおねえちゃんに、サラマンダーのおじちゃん。何故だかパックまで来ていたのには驚いた。

あの時の仲間が、ここに集まってくれたんだ。みんながみんな、誘い合って。

聞いてみれば、ダガーのおねえちゃんは新しい女王としてアレクサンドリアの復興と、
戦争で攻め込んだ国、特にブルメシアへの償いを進めているみたい。スタイナーのおじちゃんもそれを支えているんだけれど、
重そうな鎧を着込んでいるところは変わっていなかった。
そうそう、ダガーおねえちゃんの次の誕生日に、もういちどタンタラスに劇をやってもらうんだって。
あのときと同じ、アレクサンドリアの劇場艇で。楽しみだなぁ……はやく見たいよね。

変わっていないといえばやっぱりクイナで、ジェノムのみんなは真面目な顔で食べものの心配をしてたみたい。
クロマ族の村は森の奥深くにあるから、実際これからの生活は危なかったのかもね。

サラマンダーのおじちゃんはまた賞金稼ぎをしてるんだって。
でも、今日その大きな姿を見ても初めて会ったときのような怖い感じはしなかったから、
そう言われてもボクは本当のところ信じられなかったくらいだ。

エーコはマダイン・サリに帰ると言っていたのに、どういうわけか今はリンドブルムにいるそうだ。
エーコが言うには「このびしょうじょにとってはとうぜんのたいぐう」なんだそうだけど、
そうするとボク以外はみんな霧の大陸に住むことになってしまうから、遠くなってしまって少しさみしい。

フライヤのおねえちゃんもブルメシアに帰って竜騎士をしている。
ボクもあまり詳しいことは知らないけれど、クレイラの街で見かけたもう一人の竜騎士さんも、
戦争が終るのを待っていた王様と一緒に無事にブルメシアに帰ってきたみたい。
パックはおねえちゃんがボクに会いに来ると聞いて無理矢理ついて来たんだって。パックらしいよ。
そういえばボクが『君の小鳥になりたい』を――旅のはじまりになったあの劇を――見ることができたのも、
パックのおかげだったんだよね。まさかその後あんなことになるなんて、思いもしなかったけどね。

みんなそれぞれ忙しいはずなのに、そんなことはおくびにも出さずにこんなに遠くまで来てくれた。
お昼前に突然ヒルダガルデがやってきたときにはボクは何かと思ったけれど、
ミコトのおねえちゃんはちゃんと知ってたみたい。「驚いた?」だって。
ミコトのおねえちゃんがあんな風にまぶしそうに笑っているのを見たことがなかったからボクにはすぐにその理由がわかって、
村の広場まで駆け出してしまったくらいだ。

ボクは、とってもうれしい。

みんなもとても嬉しそうにしているし、村もいちだんと活気づいたような気がする。
じぶんのことをわかってくれる人がいることって、やっぱりいいことだよね?
辛いこともたくさんあったけれど、まるであの旅をしてる時にもどったみたいな感じだった。

でも、でもね。

何かがたりないんだ。ただひとつだけ。でも、おおきなものが。

――早くガーネット姫を助けに行ってやろうぜ。

ちょっとした探検にでも行くような気軽さで、
このガイアじゅうのいのちを懸けた旅にボクを誘いだしたあのひとは、今はここにいないんだ。
ずっといっしょに過ごしてきて、ボクはあのひとの哀しそうな顔も、すごく怒った顔もみたことがある。
だけど、飛空挺に乗ったボクたちを最後に見上げたあの顔は、そのどれとも違っていたんだ。
今でもよく覚えているよ。覚えているだけで、あのひとの気持ちがよくわかったんじゃないけどね。
ちょっと恥ずかしそうなんだけど、なぜだがすこしだけ笑っていたんだ、あのひとは。
ここにいるみんなも、幸せじゃないわけじゃないんだよ。
すごいことをやった、って、やっと分かってきた感じかな? ボクもそうだよ。
でも、どこかが痛いのに、そこにはどうにかして触らないようにしているみたいに見える。
旅をしているときでも、そして今でも……
ボクたちのこころの真ん中にいたのは、いつでも、いつだって、あのひとだったんだ。
あのひとがいなくなってしまったボクたちは、コルクの栓をなくしてしまったガラス瓶みたい。
いつか持ち主に捨てられてしまうんじゃないかって、怖い思いをしながら生きている。

ジタン。

ジタンは、どこに行ってしまったんだろう?
ボクは今までジタンから、いろいろなものをもらった。
でも、あの旅の最後のさいごで、ジタンはまたボクたちに大きなものを残していったんだ。
どうしてかな? 今はとても、ジタンと話をしたいって思うよ……


 夕日はあっという間に沈んでしまって、今ではもうボクの真上にきれいな満月が出ている。
たのしい時間はすぐに過ぎるって誰かが言っていたけれど、それは本当だったみたいだね。
みんなは宿で眠っていると思うんだけれど、ボクは目が覚めてしまったから、少し外に出てみたんだ。
気が付いたら、おはかに向かってた。
近頃、ボクはあのおはかにいることが多いみたい。
ボクがこの村に来てからも、“死んで”しまった黒魔道士のみんなは何人もいる。
まるで夜眠るように静かなものなのに、もう決して帰ってこないんだ。
ただ、ひとみの光が消えるだけ。それだけなのにね。
そして時間がたてば朝はやって来るし、日も沈む。村を出れば、森はいつものまま。
………残るのは、このおはか。
それでも、いつかボクが…死んでしまって、黒魔道士のみんなも、ジェノムのみんなもいつか死んでしまって。
そうしてこの村も、このおはかもなくなってしまったら、死んでいったみんなはどうなるんだろう?
…ボクは、どうなるのかな?
このガイア、というよりこの広い星空もふくめた世界じゅうの記憶は、
ボクたちが見てきたあのクリスタルへとやがて還っていくということは知っているよ。
その記憶を絶やさずずっと受け継いでいくことに、そう、生きることに、意味があるんだってことも。
それは、“ガイアと、そしてテラを見てきたボクたち”が見つけた意味なんだよ……生きるってことの。
こんなことを考えるのはちょっと嫌だけど、でも言ってみれば、誰だっていいんだ。そういう意味を見つけるのは。
それだけじゃ、“ボク”じゃないんだ。“ボクたち”ではあるけどね。
そうすると、なんだかこうして過ごしている時間が、とてももったいなく思えるんだ。ふふふ、欲張りかな…?
もちろんボクは、“ガイアを見たボクたち”としての意味を大事にしたいって思ってる。
でもね、ボクはときどきこうも思うんだ。
ジタンはあのとき、“ボクたち”としての意味……役割を果たそうとしたんじゃない。
アレクサンドリアでもそうだった。『理由がいるのか?』って、ジタンは言ってたね……。
………よく分からないね。やっぱり、生きるっていうことは、よく分からないや。

そんなことを考えてながら歩いていたら、いつのまにかおはかが見えてきた。
……誰かいるみたい…。その誰かがこっちを向いたと思ったら、声が聞こえた。
「……ビビか?」
「フライヤおねえちゃん!?」
おはかの横の暗がりのところに、フライヤおねえちゃんがいた。
コートのような紅い服はいつものとおりだったけれど、あの大きな帽子はかぶっていなかったし、もちろん村の中で槍も持っていない。
流れるようなぎんいろの長い髪が月のひかりできらきらと輝いて、とてもきれいだ。
「どうした、眠れぬのか?」
「うん……いろいろ…思いだしちゃって………」
「ふむ………」
おねえちゃんは少し地面を見ると、それきり暗い森のほうを向いてしまった。
すこしだけ、静かな時間がながれる。木や草のあいだから、虫の声が聞こえる。

ボクはなんとなく思うところがあって聞いてみた。
「…おねえちゃんも、ジタンのこと覚えてるよね?」
「……。ふふ、やはりビビには敵わぬの…」
振り返ったおねえちゃんは、なぜだか秘密を知られてしまったときのような、少し困った表情を浮かべていた。
「そうじゃな。似て非なる者、と言えばそうやもしれぬ。ジタンか……。ビビはあやつが心配か?」
「う〜ん……。はやく帰ってきてほしいな、と思うよ。なんていうか、みんなのためにも」
おねえちゃんの言葉はやっぱり難しかったけれど、ボクはなんとなく意味が分かったしあいまいに答えた。
「全くじゃ。一体、今何処で何をしておるのやら……」
イーファの樹の暴走がおさまった後、ボクたちは何日もかけてあたりをさがしまわった。
だけど、結局ジタンの姿はこれっぽっちも見つからなかったんだ。
みんなはどうにかこころを整理して帰っていくことくらいしか出来なかった。
「よもやあやつが………」
そう。あのジタンがそんな簡単に死んじゃうはずがない、と分かってはいる。
……それでも、考えたくないことはぜったいに考えてしまうんだ。
分かっている、っていうよりも、分かっていたい、っていうだけなのかもしれない……

あたりが少し寒くなったような気がして、耐えきれなくなったボクはおねえちゃんに聞いてみた。
「ジタンは……その、どうしてクジャを助けに行ったんだろう……」
ボクの口から出てきた言葉は、その冷たい空気をごまかしてはくれなかったけれど、
それでもおねえちゃんはしばらく考えこむように黙って、それからゆっくりと話してくれた。
「……あやつは『決断しなければいけない時』と言っておったが……今でも私にはよく分からぬよ。
 私にも、ビビにも、その時は訪れるのか、あるいは、そうではないのか……。
 ………ビビは、ジタンらと一緒に旅をして、いや、旅をすると決めて良かったと思っておるか?」
「えっ!?」
突然そう聞き返されたから、ボクはびっくりして思わず声をあげてしまった。
暗くてよく分からなかったけれど、見るとおねえちゃんは少し笑っていたみたい。
ボクも少し考えて、はじめてこの村にやって来たときのことを思い出しながら答えた。

「…うん。……いろいろイヤなこともあったし、迷ったりもしたけど……
 今選べって言われたら、ボクはもういちど旅に出ると思うよ……」
あのままクワン洞でおじいちゃんといっしょに暮らしているのも、それはそれで楽しかったと思う。
でもそう考えると、今ここに立っているボクのことがとてもうらやましく感じた。
「そうじゃな……。私もきっとそうするであろう。リンドブルムでのことであったな。
 ……ジタンがこの場にいたなら、あやつとてまたそう言うのではないか?
 『あの時ああしておいてよかったと思ってるぜ』とでもな……」

――できることと言ったら、行動“する”か“しない”を選ぶことくらいなんだ……

今度思い出したのは、エーコとはじめて会った日の夜のことだった。
……そういえば、あのときも今日とおんなじ月が出ていたんだっけ。
何となく空の月を見上げてみると、青い月はさっきよりちょっとだけ動いたみたい。
おねえちゃんも、どことなく空を見ているように見える。
「ジタンは………後悔しないんだね」
「そうじゃろうな」
「ジタンがそうやって行動したかったから、そうしたんだよね」
「ああ、恐らくはそうであろう」
返ってくる言葉は短かったけれど、そこには不思議に説得力があったし、
もしかしたらボクがただそう言いたかっただけなのかもしれなかったから、気にはならなかった。

いまさらだけど、ジタンはすごい『決断』をしたんだって思うよ。
仲間のみんな、特にダガーおねえちゃんは、今ジタンがいないことをとても悲しんでるはずだよ。
もちろんボクだってそうだし、ジタンがそんな簡単なことを分からなかったなんてこと、あるわけない。
ジタンは………誰かを傷つけると分かってて、それでもほかの誰かを助けにいくことを選んだんだ。

ジタンは笑った。笑って、そして死んでしまってもおかしくないところへ行ったんだよ……

「あんな大それた行いをすることが出来たのも、あやつにはちゃんと帰るところがあったからじゃよ」
「……帰るところ…?」
「何か月、いや、何年先でも、自らがどうなっていようとも、帰りを祝福してくれる場所。そんなところじゃ」
「……」
ジタンはジタンが思う“みんな”と、実際の“みんな”を無理矢理重ねようとはしなかった。
………信じて、いたんだよね。本当に。どこまでも。
「……そっか…」

ボクはあの旅の途中、何度も『決断』をした。
でもそのときには気が付かなかった。ボクには帰るところがあったんだ。
…エーコや、スタイナーのおじちゃんや、ジタンや、ほかにもいろんな人がたくさんいたから、
ボクはそうやって前へとすすむことが出来たんだよ。きっと。
やっと、そのことを知ったような気がする………。

それとおんなじように、ボクは思った。
今はここにいないけれど、そのジタンのために帰るところをのこしておきたい。
多分、ボクはそう長くないうちに死んでしまうだろうと思う。
だけど、ボクでなくても、ボク自身からのものでなくても、帰るところはあるはずなんだ。
話をしよう。いろんな人に、いろんなことを。それが、今ボクの“したい”こと。
考えてみれば、いままでだってそれとおんなじ事をしていたんだね。
それは、あのにじいろのクリスタルためなのかもしれない。……“ボクたち”がすることなのかもしれない。
そうだね。たしかにそうだよ。でも“ボク”にとっては、ジタンのためでもあるんだ………。
そうして、いつかあんな風に笑えるようになりたい。ジタンや、今日のミコトおねえちゃんみたいに。
行動“する”ことを……なんて言うんだろう、誇れるように…かな?

「おねえちゃん、ボク、なんだか少し安心した気がするよ」
「ならば良かった。……礼を言おうぞ、ビビ」
「? なんで?」
「いやなに……ただ誰かに話すだけでよいこともあるのじゃよ………」
フライヤおねえちゃんは後はただ笑っているだけだったから、今度はいまいちどういう意味かよく分からなかった。
けど頭はもうぐるぐるしないですみそうだったから、ボクはちょっと不思議なきもちだったよ。
「……おねえちゃんは、ブルメシアに帰るの?」
なんの気なしに聞いたことだったから、かすかに笑っていたおねえちゃんがほんの一瞬だけ言葉をにごしたことにボクは少し驚いてしまった。
それはとてもわずかな時間のことで、おねえちゃんはすぐもとにもどったけれど、
返された言葉はなんだか意味深だった…………ような気がした。
「そうじゃな。今は、王都に戻る。復興もかなり進んでおるしの」
「………今は、って?」
聞いちゃいけないことかな、って思わなかったって言えばそれはうそなんだけど、ボクは聞かずにはいられなかった。
……だって、気にならない? ボクは気になるよ。それって、一体どういうことなんだろう。
「何、竜騎士としてしかブルメシアに居られないのであれば、その時私はもうそこにはおらぬであろう、ということだけじゃ。
 あれやこれやと理由をつけて、結局私は自ら動き出すことが億劫だっただけなのやもしれぬな………。
 成程言葉の一つや二つ、過去の一つや二つでこの心は変えられるモノではないと、嫌と言うほど痛感させられたわ……」
「……」
最後のほうはおねえちゃんのひとりごとみたいだったから、ボクはなにかを言おうとしたけれど止めておいた。
みんな、自分だけが知っていること、知っていたいことだってあるもんね。
そうすると、さっきボクが突然ここに来てしまったのは、ちょっとまずかったかもしれないなぁ……。
「ビビ、今更ながら、お主はなかなかにすごい奴であったわ。ジタンがああまで言うわけじゃな」
「?」
今度こそ本当になんのことだか分からなくて、ボクはおねえちゃんのほうを見ることしかできなかった。
でもおねえちゃんは変わらず笑ってこっちを見返すだけで、答えを教えてはくれない。
しょうがないからもういちど空を見上げてみる。そこにはやっぱり、さっきと同じおおきな満月が浮かんでいた。
おねえちゃんも、向こうでつられて月を見ているみたい………。
……月のひかりは、何故だかあのクリスタルのひかりようにあたたかかった。


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